新たな成長戦略として注目される「スイングバイIPO」とは

近年、大手企業によるM&A(過半数以上の株式譲渡又は出資)を受け入れたうえで、新規株式公開(IPO)を目指すスタートアップが増えています。
この成長モデルを「スイングバイIPO」といいます。

2024年3月26日、IoTプラットフォームを提供するソラコムが東京証券取引所グロース市場に上場しました。この上場は「スイングバイIPO」と呼ばれる手法によって実現され、多くの注目を集めています。

このコラムでは、「スイングバイIPO」についてご紹介します。

スイングバイとは?

そもそもスイングバイとは、宇宙探査機が惑星の重力を利用して加速する技術です。
宇宙探査機は惑星の近くを通過する際、その重力を利用して速度を増し、新たな目的地へ効率的に向かうことができます。
つまり、
①単独(自らの燃料)ではなく、他の力(惑星)を借りて加速
②新たな目的地へ効率的に向かう

という意味があります。

スイングバイIPOとは?

ここで、宇宙探査機を「スタートアップ」、惑星を「大企業」と捉えると、
単独(スタートアップのみ)ではなく、ほかの力(大企業の資金力や信用力)を借りて成長
新たな目的地(IPO、そしてその先)へ効率的に向かう

という意味になるでしょう。
「スイングバイIPO」の呼び名はソラコムの社員がKDDIの傘下入り後に思いつき、KDDIも賛同して次第に広まったようです。

スイングバイIPOのメリットとデメリット

スイングバイIPOのメリットとデメリットを紹介します。

スイングバイIPOのメリット

ここでは主に5つのメリットを取り上げます。

1. 資金調達力強化
大企業の傘下に入ることで、安定した資金供給が得られます。
これにより、スタートアップは成長に必要な資金や短期的な運転資金を確保しやすくなります。

2. リソースの活用
大企業のリソース(人材、技術、マーケットアクセスなど)を活用することで、スタートアップの成長を加速させることができます。
スタートアップは自身の限られたリソース以上の成果を上げられるとともに、競争力を高めることが可能になります。

3. 信頼性の向上
大企業の傘下になることで、市場や投資家からの信頼性が高まり、IPO時にポジティブな評価を受ける可能性が高まります。
大企業のブランド力と実績が、スタートアップの信用度を大きく引き上げることが期待できます。

4. 市場拡大
大手企業のネットワークや顧客基盤を活用することで、新規市場への進出や市場シェアの拡大が容易になります。
スタートアップは迅速に市場での存在感を高め、売上を拡大することができます。

5. 株式の早期現金化
スイングバイIPOは、まずM&Aによって株式価値を確定し、その後IPOを通じてさらに株式価値を高める手法です(増資を除く)。
IPOは、株式売却に一定期間制限がかかるロックアップが存在しますが、IPOの前にM&Aを活用することで、株主としては早期の現金化が可能となります。

これらのメリットにより、スタートアップの成長が加速し、競争優位性をさらに強化することができます。

スイングバイIPOのデメリット

一方でデメリットも少なからず存在します。ここではデメリットも4つ取り上げます。

1. 独立性の喪失と依存リスク
M&Aに伴い、経営の独立性が失われる可能性があります。
経営方針や事業戦略に対する影響力が制約され、創業者や経営陣の自由度が低下し、意思決定の迅速性が損なわれることがあります。さらに、大手企業のリソースに過度に依存することで、将来的な独立した運営が難しくなるというリスクがあります。

2. 文化の衝突
M&A後の共創プロセスにおいて、組織文化の違いが問題となる場合があります。
これにより、従業員のモチベーションや意思決定の速度に悪影響が及ぶことがあります。

3. M&Aにかかるコスト
M&Aプロセスには多大なコストと時間がかかります。
デューデリジェンスや法的手続きにかかるコストは無視できません。
そのため、短期的な経営資源の負担が増加する可能性があります。

4. 親子上場の問題
親会社と子会社の利益相反やガバナンスの問題が発生する可能性があります。
これにより、経営の透明性や公正性が損なわれるリスクがあります。

これらのデメリットを理解したうえで、双方の理解と協力が必要となるでしょう。

スイングバイIPOの留意点

これらのメリットとデメリットを踏まえて、留意点を4つご紹介します。

1. 成長戦略の明確化
大企業の支援を受ける際には、明確な成長戦略とビジョンを持つことが重要です。
具体的な成長目標とそれに向けた戦略を策定し、実行に移す必要があります。
これにより、企業の方向性を明確にし、全員が同じ目標に向かって進むことができます。

2. ガバナンスの確保
親子上場に伴うガバナンスの問題を解決するため、透明性の高い経営が求められます。
適切なガバナンス体制を構築し、利益相反を回避するための対策が必要です。

3. 共創を前提とした組織体制
親会社と子会社の関係になった後も、それぞれがフェアな立場で戦略の構築と実行に対する建設的な議論を推し進めることが重要です。グループインする子会社においては経営体制が大きく変更しないことを前提としていますが、特に、親会社となる大企業においては、その取り組みに対するオーナーシップを明確化する組織を創設することが重要となります。

4. IPOが実現しない場合の取り決め
IPOを前提とした大企業への参画となるものの、IPOは不確実な戦略であり、IPOを断念した場合の株式の取り扱い、経営の方向性についても事前の協議と契約の取り決めが必要となります。

スイングバイIPOの事例1|「スイングバイIPO」の産みの親 ソラコム×KDDI

事例1|各社概要

ソラコム概要
通信プラットフォーム「SORACOM」を提供する、IoT領域におけるリーディングカンパニー

会社名:株式会社ソラコム https://soracom.com/ja
事業内容:IoTプラットフォームSORACOMの開発・提供
代表者:取締役社長 玉川 憲
設立:2014年11月10日

KDDI概要
IoT/M2Mの提供実績を有し、スマートメーターや見守りサービスをはじめ、さまざまな産業においてモバイル通信サービスを提供
会社名:KDDI株式会社 https://www.kddi.com/
事業内容:電気通信事業
代表者:取締役社長 髙橋 誠

事例1|シナジー

1. 新たなIoTビジネスの創出
KDDIのIoT/M2Mの導入実績とソラコムのIoT通信の知見を合わせることにより、新しいIoTビジネスが生まれることが期待されます。

2. 日本発のグローバルIoTプラットフォームとして海外展開を加速
KDDIが60年以上培ってきた、600社以上の海外通信事業者との強いリレーションを活かすことで、ソラコムの海外展開を加速させます。これらのシナジー効果により、KDDIとソラコムは共に成長し、より革新的なIoTソリューションを提供することが期待されます。

実際にKDDIグループ入りしてから1年後の2019年6月には100万回線、そしてさらにその1年後に200万回線をマークするようになっています。 KDDIもまた別口で法人向けIoT回線契約を2000年頃から提供しており、グラフの通り綺麗な成長曲線を描き始めています。

事例1|期間

ここで、どのぐらいの期間でスイングバイIPOが実施されたか見ていきましょう。

2014年11月 設立
2015年3月 創業資金として約7億円を調達
2016年3〜6月 複数のベンチャーキャピタルから、約30億円を調達
2017年8月 M&AによりKDDIグループに参画(連結子会社化)
2024年3月 東京証券取引所 グロース市場に株式上場

設立して2年9ヶ月でKDDIグループに参画し、そこから5年7ヶ月後に上場をしています。

スイングバイIPOの事例2|yutori×ZOZO

事例2|各社概要

yutori概要
日本最大級の古着コミュニティ「古着女子」の運営や、「9090」をはじめとする複数のD2Cブランドを手掛ける
会社名:株式会社yutori https://yutori.tokyo/
事業内容:衣料品及び雑貨等の企画並びに小売・卸売事業
代表者:代表取締役社長 片石 貴展
設立:2018年4月4日

ZOZO概要
ファッションECサイト「ZOZOTOWN」やファッションコーディネートアプリ「WEAR」を中心としたファッションサービスを展開
会社名:株式会社ZOZO https://corp.zozo.com/
事業内容:ZOZOTOWN事業、 LINEヤフーコマースなど
代表者:代表取締役社長兼CEO執行役員 澤田 宏太郎
設立:1998年5月21日

事例2|シナジー

1. ハードとソフトの統合
エンジニアを多数抱え、日本最大級のファッションECサイトを生み出したZOZOのシステムやプラットフォームの強力な”ハード”に、エンジニアは抱えずにこれまでオリジナルな商品企画やマーケティングに磨きをかけたyutoriの”ソフト”が統合することで、それぞれでは難しい飛躍的な成長を実現しています。

2. 商品製造や在庫管理の連携
アパレル商品の製造や在庫管理システムでの連携により、両社の効率的な運営と成長が促進されます。

事例2|期間

2018年4月 設立
2020年7月 株式会社ZOZOと資本業務提携契約を締結
2023年12月 東京証券取引所 グロース市場に株式上場

設立して、2年3ヶ月でZOZOと資本提携し、そこから3年5ヶ月後に上場をしています。

スイングバイIPOの将来の展望とまとめ

「スイングバイIPO」モデルは、大企業のリソースを活用してスタートアップの成長を加速させる効果的な手段です。
今後、スイングバイIPOはより多様な業種で採用される可能性があります。
特に、5GやAI、IoTなどの技術革新が進むなかで、大手企業のリソースを活用しながら迅速に市場でのポジションを確立するスタートアップが増えると予測されます。

しかし、独立性やガバナンスの問題といったリスクも伴います。
これらのメリットとデメリットを慎重に評価し、適切なガバナンス体制と明確な成長戦略を持つことが成功の鍵となりますので、専門家に相談することをおすすめします。
当社では「M&A・成長支援事業」を展開しております。ぜひご相談ください!

参考

KDDI ニュースリリース
日本経済新聞記事
KDDI 会社案内
ZOZO ニュース
ZOZO IR 情報
日本取引所グループ 上場書類

渡辺 紗里奈

経営戦略室 シニアアソシエイト

渡辺 紗里奈

この記事を書いた人

東京理科大学卒業後、新卒で株式会社日本M&Aセンターに入社し、M&Aアドバイザーとして従事。当社においては、100億円を超えるディールサイズの案件をセルサイドFAとして担当。M&Aアドバイザーとしての経験を活かし、経営戦略・新規事業・マーケティング等、NEWOLD CAPITALの経営戦略推進を担当。

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